168. 燃やした札束

Netflixの契約は、6月末までとします。諸々の事情がありまして、一度区切りをつけようかと考えています。サブスクリプションというものは契約が若干ややこしいところがありまして、一時停止ができるのかを改めて調べて、今観ている作品だけは最後まできっちり見届けたいところです。

次のお楽しみは、ディズニープラスを予定しています。アベンジャーズやスター・ウォーズといった名作シリーズを、この機会に一気に浚ってみようと思うのです。ただ、こうしたサービスは往々にして解約の手順が複雑だったり、引き止めの圧が強かったりと、少し身構えてしまう部分もあります。アカウントを一時停止させることが出来ると聞きましたが、一定期間が過ぎると勝手に再開されるとか。私自身、何かと忘れっぽい性質ですので、「解約一択」という強い意志を持って臨むつもりです。

さて、そのNetflixで今、人から勧められるがままに鑑賞しているのが「あいの里」です。大人の男女が里に集い、共同生活を送る恋愛リアリティショーなのですが、これがなかなかどうして、大の大人がくんずほぐれつの人間模様を繰り広げる、実に濃密なコンセプトでして。気づけば私も、シーズン2の途中まで一気に観進めてしまいました。

とりわけ印象的なのが、50代の「ギタりん」という男性の存在です。彼の振る舞いはあまりに純粋すぎるがゆえに、共同生活の中で図らずも不和を起こしてしまう。その姿は、まるで鏡を見ているようで、痛々しくもあり、それでいてどこか他人事とは思えない不器用さを感じさせます。

自分の内側にある「渦」が大きすぎると、どうしても周囲の空気と乖離して、いわゆる「KY」な振る舞いになってしまうのでしょう。個人の渦をどう制御するか、その明確な作法などないからこそ、自分で折り合いをつけなければ外側の輪からは弾き出されてしまう。画面越しに見る彼の「冷却期間」は、見ていて切ないものがありました。

思えば、私自身も若い頃に学ぶべきだった距離感や振る舞いを、今なお完全に習得できているとは言い難いものです。だからこそ、彼のことを笑う気には到底なれません。未見の方には何の話かとお思いでしょうが、この「渦」の観察は実に興味深く、傍観者として楽しむ分には良いですが、当事者にとってはまさに地獄のような時間なのだろうと、かつての自分を思い出して胸が苦しくもあります。

あの年齢になって、なお自分の気持ちを曲げずに表現しようとする姿勢。その不器用な文法には、つい感傷的になってしまいます。パートナーを探すという場においては、確かに難儀なことかもしれませんが、それもまた一つの生き方なのでしょう。

いずれにせよ、Netflixが提供してくれるこうした体験は、やはり面白いものです。私の中での知識や感性の「とり入れ」も捗りますが、こんな簡単な鑑賞体験については自分に厳しく、「しれじポイント」のカウント対象外として、純粋な内省の時間に充てようと思っています。


今回の思考実験は「燃やした札束」

グレーな領域で規範やマナーを逸脱するエネルギーを、個性として肯定するか、社会性をもって矯正するか。自らの社会的な立場を保ったまま、その曖昧な無秩序にどのように向き合うか。

以上です。

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