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192. 粗密の関係

 頭の中がなんとなくごちゃついており、バックグラウンドで処理しているタスクが多すぎて、さっさとすべてポイッと片付けてしまいたい気分です。仕事が次から次へと押し寄せるのも一因ですし、そこへ生活のあれこれが重なって、不要な心配事まで次々に湧いてきてしまいます。 もっとも、大抵のことは考えても仕方がないものばかりです。いっそすべてが順風満帆にうまくいくシミュレーションでもして、「もういいからほっぽっておけ!」と投げ出してしまいたいところですが、気づけばもう実際にそうやって大体のことから目を背けていたりします。 未来のネガティブな妄想なんてしたところで意味がないと分かっていながら、一度発動してしまった脳の暴走はどうにも止められません。的中率の低いネガティブな予測を、いつまでいつまでも抱え込んでいるのかと自分でも呆れます。不安が湧いては蓋をしての繰り返しで、久しぶりに夜中の思考ループにハマってしまい、なんとなく寝不足気味のまま昼休みに少しウトウトしてしまいました。さっさと寝ればいいのにと自分でも思いますが、これもここ最近の個人的な大きなテーマです。もっとも、その日はお酒を飲みすぎたことと、午前中にドリンクバーのコーヒーを飲みすぎたことが確実に影響しているはずです。 ここまで思考ループの中身についてはまったく話していませんが、そもそも話すつもりもありません。あまりにも生々しい生活密着型の話は、どう考えてもブログにはふさわしくありませんからね。 さて、それはさておき、前回までは「放屁」についてお話ししてきましたが、いかがでしたでしょうか。もっとも、話している本人ですらしっかり理解できているわけではなく、なんとなく「こうするといいのかもしれない」というおぼろげな「みちすじ」が見えてきたところですので、これからその形をしっかり固めていきたいと感じています。 日々の「ケ」の暮らしをどう過ごすことで適切にエネルギーのゲージを溜め、最高の「ハレ」を迎えることができるのか。それを自発的に実験してみたいという思いがふつふつと込み上げてきます。それはまるで、目の前にぶら下げられたニンジンに向かって馬を走らせるようなものであり、そのニンジンのリストアップについては、前回の第191回「放屁3」の中で少しお話しさせていただきました。 今回はそれに引き続いて、その「ハレ」を迎える際の心構え、いわ...

191. 放屁3

 最近、我が家が線状降水帯の渦中に入ってしまい、なかなか過酷な状況に見舞われました。少しずつ平常モードへと切り替えつつあるものの、なんだかんだと被害は残っており、少々頭を痛めているところです。自然現象ゆえ仕方がないとは言え、次の被害に対する迎え方やシミュレーションは、もっと突き詰めておかなければいけないと痛感いたしました。今回の事態はなかなか読み切れないものでしたが、この教訓をどう次回に活かしていくかが今後の課題です。 当日は夜中じゅう激しい豪雨と雷に見舞われ、非常に騒がしい一夜となりました。途中で何度も目を覚まさせられましたが、そのたびに「寝よう、とにかく寝よう」と執念で粘り、小間切れながらも合計で8時間ほどは睡眠を確保いたしました。幸いにもお盆休みの最中だったため、通勤の心配をせずに済んだことや、家族全員が揃っていたのは不幸中の幸いでした。なにしろ物理的に家から出られない「籠城」状態が丸二日ほど続き、水が引くまで待つしかなかったのですから、冗談抜きで大変な数日間でした。 そんな非常時であっても、睡眠に対する情熱だけは失いません。ここ最近はとにかく睡眠時間を多めに確保することを心がけております。土日であっても夜更かしは避け、8時間以上の睡眠をとるようにすると、目に見えて体の調子が上がってまいります。これだけ寝てもなお、日中に眠気が襲ってくるのは一体どういうことなのかと、自分でも首をかしげたくもなりますが。 また最近は、動画配信サービスの契約を無理に延長せず、デジタルウェルビーイングのルールをしっかりと守る試みを行っております。デジタルと適度な距離を置くことが、結果として心身のギャップを埋めるのに役立つのではないかという実験の最中です。睡眠を十分に取ると気持ちに余裕が生まれるという、あまりにも当たり前すぎる事に、この歳になってようやく心から納得いたしました。「早く寝なさい」「さっさと寝ろ」という昔からの教え通り、ただ寝るだけで解決する問題が世の中には案外多いのだと、いま切実に感じております。自分にとってはいい発見でした。 もちろん世の中には、寝たくても自分の意思では眠れない方もいらっしゃいますから、大変なことだと思います。私の場合、前日に寝過ぎたときを除けば、睡眠不足の翌日には体が強制的に眠りを求めてくる体質のため、これは本当にありがたいことだと感じておりま...

190. 放屁2

 本日も2本録りということで、いよいよ2本めに突入いたします。今回はさくっとライトに済ませましょう、なんて思いつつ、気付けばいつものペースです。録音時点ではもうすぐお盆休みという時期ですが、配信される頃にはとっくに終わっているという、相変わらずのタイムラグのある状態でお届けしております。 来週の月曜日は通常どおり出勤いたしまして、祝日の火曜日から翌週の日曜日までが連休となります。そのお休みの前までに片付けたいことが山ほどあったのですが、連日の残業のおかげでどうにかこうにか追いついている状況です。とはいえ、これであまりにも無理をしすぎると体が持たないのは目に見えていますので、最近は意識して睡眠時間を最優先にするよう生活習慣を見直しております。日々の細々としたハレの要素を上手に削ぎ落としながら、地味でありながらも平穏な日常であるケの状態をいい具合にキープできているのではないでしょうか。やはり、こうしたコントロールを自発的に行い、自分のスタイルとしてしっかりと板に付けていきたいものです。 いかに日常のルーティンを整え、ここぞという時のハレの効果を最大限に引き出すかという、絶妙なケのコントロールですね。日常というのは驚くほどつつがなく、あえて言えばつまらないと感じるくらい平穏であるべきで、その中で俗世の汚れに染まらないよう、ほんの小さなハレのスパイスをふわりと効かせるのがちょうどいいのです。そう、そこでまさに放屁の出番というわけです。今回も、この奥深い放屁という現象についてじっくりと考えていきたいなと思っております。 そもそも放屁というネーミング自体、今更ながらこれで本当に大丈夫なのでしょうか。いや、今更気にしたところでどうしようもなく、どうでもいい話かもしれませんけども。例えば、ジェットという言葉にアルファベットのエイをつけて、エイジェットなんて表現してみるのはいかがでしょうか。ただのジェットでもいいにはいいのですが、自分が狙いすます絶妙な45度の方向を意識していくと、頭に何か接頭詞をつけたくなるのです。アジェットでも良かったような気がしますが、なぜかエイジェットのほうがしっくりきます。一体何の話をしているんだという感じですが、まあどちらでも構いませんし、むしろこんなおふざけはやめて素直に放屁でいいでしょう。どうせ自分ひとりが勝手に使っているだけの概念なのですから...

189. 放屁

 子どもたちが夏休みを迎え、家で暇を持て余す姿が目立つようになりました。部活も熱中症警戒アラートが出ると中止になってしまうため、どうしても家にいる時間が長くなります。そうなると、日々の家事が思うように進まない妻のストレスゲージが、早くも八月前半にして限界に近づいている雰囲気をヒシヒシと感じます。これは何か動かねばと思い、子どもたちをどこかへ連れ出す日を作ろうかと考えました。プールへでも連れて行くか、それとも最近また話題になっていたマイクラの話題が影響してか、我が家のレルムス熱が急上昇してきたところです。 子どもからレルムスに新しいワールドを作ってほしいとリクエストがあり、早速準備に取りかかりました。レルムスというのは、家族や友人といった限られたメンバーだけで安心して遊べる、二十四時間稼働の公式オンラインサーバーのことです。その新しいワールドを作成する際ふと、ハードコアモードでワールドが作れることに気づいて驚いてしまいました。ハードコアモードといえば、一度死んだらそれでおしまいの過酷な設定です。敵モブの攻撃力も高く、死なないように細心の注意を払ってプレイする緊張感がたまらない魅力です。せっかく順調に進んでいたのに、うっかり高いところから転落してしまい、積み重ねたすべてが一瞬で無に帰るあのスリルは格別です。 もっとも、自分にとってレルムスでのハードコアモードは初めての経験だったため、かなりのスリルを味わうことになり、とても瞑想どころの騒ぎではありませんでした。そもそも私が普段提唱しているのは、マイクラの単純作業を心を無にして淡々と続けることで、一種の瞑想状態に入り込めるのではないかという持論です。以前、夜中にマイクラをしていた時間帯に、スマートバンドが睡眠中だと誤認して記録していたことがあったので、あながち見当違いでもないはずだと思っています。そんなふうに、本来の落ち着いた「マイクラ瞑想」とは全くかけ離れたスリリングな状況ではありましたが、予想以上に夢中になってしまいました。 今回の思考実験は「放屁」 自分だけにカスタマイズした 日々に倦んだ ケガレを解消する _ハレの計画を考える。 以上です。 コメント欄からぜひあなたの考えをお聞かせくださいね。 もしくはGoogleフォームからどうぞ https://forms.gle/NXHHhYBAU6SuLBWW6

188. 大好物ラッシュ

 先週は忙しく、まあもう少し忙しくなりそうだったりはしたのですが、予定していた飲み会のお誘いが会社の都合で流れてしまいました。本当は行きたかったものの、こればかりは仕方ありません。ただ、そのおかげでやりたかったことが無事に完成したので、結果オーライと言えるでしょうか。もっとも、本当はそれこそ貴重なハレの機会であり、多少の体力的な負債があろうとも参加するべきだったのではないか、とわたくしは今でも心の片隅で感じてはおりますけれども。 しかし、前回の録音でマイクロハレの怖さを実感しまして、さっそく生活を見直してみました。布団の中でいつもならだらだらと摂取していた動画配信を、スパッと無しにして……というのは嘘で、完全に無しにはできなかったのですが、アプリのデジタルウェルビーイングでDisney+の視聴時間制限をかっちり設定しました。週末だからといってチートして延長し、何時間も再生するのをやめ、きっかり一時間に抑えて、他のアプリも十数分程度にして徹底的に見直したのです。 そうして延長禁止にしたところ、土曜日はめっぽう早く寝ることができ、なんと十一時間半もの睡眠をとることができました。これは、すごい。まさにこれこそ祭礼でありお祭り、完全なハレの状態で、心身ともにきれいにリセットされてしまったのです。案外あっさりとうまくいったものだなと驚きつつ、もうこれで十分なんじゃないか、さっさと寝てしまえばいいんだなとしみじみ思いました。睡眠一番。 振り返れば、最近の過剰なエンタメの取り入れは、今のわたくしにとっては少し重たすぎたのかもしれません。よく分かりませんが、いったん止めるというか、量をぐっと減らしてみることにします。いつからだったか、2025年の正月頃から始めたエンタメの大量摂取ですが、その前の静かな自分というのは、やはり敢えてあの落ち着いた状態を自分でつくっていたのではないか、とすら思えてきます。忘れましたが原因は。 もっとも、そう考えること自体がまた極端なのですが。すべてをちょうどいい塩梅で調整し、マンネリをうまくコントロールできる人が本当に羨ましい限りです。結局のところ、わたくしは根が極端なのでしょう。だからこそ「ちょうどいい加減を探る」ことを座右の銘に掲げているわけですが、極端な人間だからこそ、そんな座右の銘をわざわざ立てることになったということなのでしょうね。 実...

187. 凪につぶて

 ここ最近、なぜだか分からないのですが、何かに急かされているような、得体の知れない走らされている感に包まれています。実際にはそんなことはないはずなのに、心の内側には言い知れないマンネリ感が漂っているのです。 自分を鼓舞して走らせるための仕組みはいくつか用意しています。それについては、こちらのポッドキャストで何度も話題にしているので、すでにご存知かと思いますが、ここでは割愛させていただきます。ただ、わかりやすい例を挙げるならば、「しれじポイント」というものがあります。これは、自分で自分に付与するポイント制度のようなものです。「とりいれ」と「くりだし」、平たく言えばインプットとアウトプットに対して、わたくし自身がスマホのスプレッドシートでこつこつと管理しながらポイントを与えているのです。 そうして仕組み化し、自動化して動き始めると、最初はそれなりの楽しさがあるのですが、すぐにマンネリ化してしまうのですね。つい最近の第183回「亀の甲」という回でもマンネリについてお話ししたばかりですが、そう、実際はマンネリ上等ですし、続けてなんぼの世界ですから、本来は何も気にすることなどないのです。むしろ順調に進んでいる証拠なのだから、余計なことは考えずに、ちょっとした変化を加えてアップデートさせ、黙々と作業を続けていればいいだけの話なのですが……。 勝手に、なんと言いますか、自分自身で監視システムを作り上げてしまった結果なのでしょうか。いわばセルフパノプティコンですよね。自らが生み出した自動化の仕組みのせいで、内発的な動機からはじめたはずなのに、なぜか謎の「やらされ感」がじんわりとまとわりついてくるのです。 そうなってくると、ちょっとした不規則性や波乱を自分に加えたくなってしまいます。昔、わたくしが絵を描いていた頃、手が止まってしまったら「とにかく一度ぶっ壊せ」という講師の教えがありました。その言葉が今でもわたくしの指針のひとつとなっています。これもまた心に打ち込まれた「くさび」のようなもので、かなり深く定着しているようです。 結局のところ、わたくしの現在は過去からのメッセージを受け取りながら、さまざまな「渦」と混ざり合いながら形作られているわけです。まるで昔のクリープのCMではないですが、これまでの人生で積み重ねたハーモニーのようなものなのでしょうか。まあ、深く考えすぎても仕...

186. 崖っぷち

 今回は本当に短めに終わらせるぞという強い信念をもってマイクに向かっています。なんだか最近はずっと同じような場所で足踏みをしている感覚がありますね。ここんとこ何回も同じテーマをこすっている気がしますが、なんていうことすらもまた自分でこすっているという矛盾。ここんとこどころか、下手したらこの番組ってずーっと同じところをループしているのかもしれません。まるでメリーゴーランドのように。いや、せめて螺旋階段のようであってほしいと願わずにはいられませんが。 でも、なんでそう思うのでしょうか。別にメリーゴーランドでもいいじゃないですか、何回も同じ位置に戻ってきたって。そうそう、自分の中に螺旋階段のように上に行ったり下に行ったりして、せめて違うところに移動したいという強い願望があるのかな。変化そのものを面白がりたいんだろうか、いや、ちょっと抽象的すぎますかね。大切にしている志である「ごはんをおいしくたべたい」と「まじめにふざける」のどちらにも直接は被っていなそうな、もっと根源的な行動原理の中に「変身したい」という欲求があるのでしょうか。なんだか脱皮でもするみたいですが、つまりは今と違うようになりたいということなのでしょうか。 そう、今なぜ自分が少しずつ移動したがっているのか、その行動原理の源泉になる部分ってなんだろうって考えてみたものの、すぐには分かりません。いや、待てよ。「ごはんをおいしくたべたい」という目的のためにいろいろやっていることの、そのうちのひとつなのかもしれません。いやあ、よく分からないけれど、感覚として「それがいい」と直感で選択しているんでしょうね。もうロジックではなく、すっかり内面化されている、ずっとやり続けるための不思議な原理というかエンジン。ドーパミンあたりも怪しいものです。 生命の不思議ですね。結局のところエントロピー増大の原理には逆らえないという、いささか思考停止な考えに落ち着かせてしまうのは、思考実験のポッドキャストとしてどうなんだと思わなくもありませんが、ついつい考えてしまったものは仕方がありません。まあ、早く終わらせたいんだと今日こそは思っていますので、さっさと始めていきましょうか。 今回の思考実験は「崖っぷち」 このまま進むと崖っぷちに出る事が、経験上わかっている時に、歩みを止めさせるのか、崖っぷちを渡れる何かに期待するのか 以上です。...