174. ほどけた包み

 入学式という場は、まさに「公」の極みと言えるでしょう。どこまでもフォーマルで、ピンと張り詰めた、実に硬質な空気が漂っています。しかし、その儀式特有の形式が生み出す「渦」。それを肌で感じながら、在校生たちが新入生を歓迎しようと息を合わせ、気を込める様子には、どこか心に響くものがありました。もちろん、中には「だるいな」と義務感だけで動いている生徒もいるのかもしれません。彼らの本音までは分かりかねますが、出迎える側の先生方の熱い思い、特に音楽の先生が歌の練習を先導する姿からは、並々ならぬ気迫が伝わってきました。

会場にはまず保護者が入り、続いて在校生、そして来賓の方々と順に席が埋まっていきます。国歌や校歌の練習が繰り返されるにつれ、場内の緊張感は徐々に高まっていく。私自身といえば、一年に一度袖を通すかどうかのスーツに身を包み、まるで服に着られているような居心地の悪さを抱えていました。整然と並んだパイプ椅子に、行儀よく固定されているような、あの独特の感覚です。

乳児や未就学のお子さんを連れたご家族は、状況に合わせて臨機応変に過ごされていましたし、隣に座る妻も、PTA役員仲間と親しげに言葉を交わしていました。一方の私はといえば、基本に忠実に、背筋を伸ばして静かにスタンバイしておりました。周囲を見渡せば、誰もがフォーマルな装い。日常とはかけ離れたこの異質な雰囲気には、やはりいつまで経っても慣れることができません。

ただ、今回は少しばかり視点を変えてみました。いわゆる「渦中鳥瞰」の目線を持ち込むことで、この場を「渦」のウォッチングとして楽しんでみたのです。自分自身を少し高い場所へと「ホッピング」させ、客観的な棚上げ状態に置いてみると、これが案外面白いものですね。どのようにして「渦」が形成され、誰が上手くその流れを回しているのか。まるでリアリティショーを眺めるような感覚で語ってはおりますが、自分自身もその渦中の参加者であるという自覚は、常に、それこそ恐る恐る抱き続けてはいるのです。

場にどっぷりと浸かりきるのではなく、少しだけ自分を跳ねさせて、俯瞰する。そんな「ホッピング」の妙については、ぜひ第百六十六回の放送を併せてお聴きいただければ幸いです。

今回の思考実験は「ほどけた包み」

身近な誰かのマイナスの感情を目の当たりにし、当事者の気持ちが自分に乗り移ったとき。当事者に代わって解決したいと思っても、それはもちろん出来ない。自他の境界がなくなる感覚でマイナスの感情が伝播する。受け止めるか、跳ね返すか、45度に走り出すか。

以上です。

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