162. 代謝

 「選択的注意」という言葉を意識し始めてからというもの、その存在が片時も離れずについてくるような感覚に驚いています。追いかけられているのか、あるいは自ら追いかけているのか。本来は脳が情報を取捨選択するフィルター機能を指す言葉として、何気なく使っておりましたが、果たしてこの使い方が学術的に正しいのかと、ふと自問自答してしまいます。

少し調べてみますと、「選択的注意」には意識的に行うというニュアンスも含まれるようです。そうなると、私が伝えたい「無意識のオート機能」という側面が少し薄れてしまうのかもしれません。いっそ「色眼鏡」と言い換えたほうが、今の私の心境にはしっくりくるような気がいたします。言葉選びというのは、つくづく難しいものですね。つい考え込んでしまい、本来何を話そうとしていたのか、一瞬見失いそうになりました。

さて、その「色眼鏡」の話に戻しましょう。自分でお気に入りの眼鏡をかけていることに気づかないまま過ごしていると、案外、その機能はしつこく追いすがってくるものです。もちろん個人差はあるのでしょうが、最近の私にとって、そのフィルターの正体は「80年代」という記号に他なりません。

きっかけは、ドラマ『ストレンジャー・シングス』でした。ようやくシーズン4まで見終えましたが、次はついにクライマックスとなるシーズン5が控えています。これほどまでに濃厚な80年代の世界観を浴びせ続けられると、脳が心地よいバグを起こしてしまうのも無理はありません。日常のふとした瞬間に、何かしらの80年代的な要素を勝手に見つけ出してしまうのです。

ネタバレをするような無粋な真似はいたしませんが、あの濃密なホーキンスの町にどっぷりと浸かってしまった以上、気持ちはもうすっかり住人の一人です。今の私は、色眼鏡どころか、もはや水中ゴーグルをバンドで頭にきつく締め付け、そのことすら忘れてしまっているような状態といえるでしょう。週に1話くらいのペースで、もっと計画的に楽しめばよかったのかもしれませんが、どうにもバランスを欠いた熱狂の中にいます。


今回の思考実験は「代謝」

思考は単なる「出し入れ」なのか?_ それとも自分という入れ物の中で何かが変質していくプロセスなのか?新しいものをとりいれて変質させてくりだす行為の力の源泉は?

以上です。

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