167. たまこめる
「そろそろ、真っ当に取り組まなければならない」と自分に言い聞かせています。果たしてできるのか、いや、やはりやらないのか。そんな逡巡を繰り返しながらも、心のどこかでは「やるんだよ」という強い声が響いています。
まずは自分の中に「渦」を作るところから始めましょう。ゆっくりと、しかし確実に回し始め、次第にその回転を強くして遠心力を味方につける。それはまるで、自家発電のペダルを一生懸命に漕ぎ進めるような感覚です。自分という馬を走らせるために、飼い葉桶にはたっぷりの干し草と人参を用意して。そんな風に自分を鼓舞する導入に、我ながら可笑しさを感じてしまいますが、本人は至って真面目なのです。
しかし、どうにも私は煮え切らない男のようです。何事にも時間がかかり、この腰の重さには自分でも閉口してしまいます。「一番思考」つまり朝一番の冴えた脳で考える時間が必要だと分かっているのなら、さっさとやればいいものを、なんだかんだと理由をつけては先延ばしにしてきました。
厳密に言えば、布団の中で自問自答を試みたことは何度かあります。けれど、温かな布団の中で思考を巡らせるというのは、結局のところ二度寝へのカウントダウンに過ぎません。これでは到底、真っ当な思考など望めないのは明白です。やはり、朝のヨガで身体をしっかりと起こし、交感神経を優位に切り替えてからスイッチを入れる。そうして、しっかりと向き合いたいものだと思っています。
外山滋比古さんの名著『思考の整理学』でも説かれている通り、朝の脳は実にフレッシュで、最高の状態にあります。私の解釈は随分とはしょった、浅い意訳かもしれません。もっと詳しく、深いことが書かれていたはずですが、要するに「朝の脳は良い状態にあるのだから、それを取り入れない手はない」と、自分なりに納得させているのです。
やりたいと思いつつ、まだ一度しか実行できていない現状を打破するために、朝のヨガを含めた一時間をその時間にあてようと決めました。以前、私は「一番思考なんてやらない」と強く宣言したことがありましたが、不思議なもので、一度強く拒絶すると、その反作用でまた欲求が湧き上がってくるものなのですね。
「やらない」と激しく反発してみせたのも、所詮は予定調和のプロレスのようなものだったのかもしれません。リングの上で派手に暴れてはみましたが、結局のところ会場の外へは一歩も出ていない。そんな自分がお恥ずかしい限りです。ポッドキャストでは威勢のいいことを言えても、現実はなかなか伴わないものです。
とはいえ、全く何もしていないわけではありません。朝のヨガは欠かさず続けていますし、自分なりに試行錯誤はしているのです。近頃の読書については、刺激が強すぎるものを避けて、心が穏やかになるような優しい日常系を手に取るようにしています。ところが、これが意外にもリソースを消費してしまうようで、不思議な感覚に陥っています。
読み進めるためには、やはり適度な刺激がトリガーとして必要なのかもしれません。現代的な刺激に慣れすぎて、脳の感覚が少し麻痺しているのでしょうか。「とりいれ」が「くりだし」に影響するのは間違いありませんが、今はあまり難しく考えず、たとえ内容が右から左へ抜けていっても、まずはリズム良く目で追うことから始めてみようと思います。
外山先生も仰るように、ある程度の速度でパッパカと読み進めることで、かえって入ってくるものもあるはずです。色々な味を確かめるように、様々な食材から養分を摂取するように。そんな軽やかさで、これからの「とりいれ」を続けていこうと考えています。
今回の思考実験は「たまこめる」
もし絶対にバレない透明人間が_最高傑作を作って誰にも見せずに燃やしたとしたら_それは存在したと言えるか?
以上です。
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