173. 出る杭

 お花見に行かれましたでしょうか。我が家では、妻の家族に同行する形での家族旅行を楽しんでまいりました。現地集合で集まるこの恒例行事は、義理の両親が主催し、私たちを招待してくれるという、実に有り難くも楽しいイベントなのです。

宴の席では、ついついたくさんのお酒をいただいてしまいます。すっかり上機嫌になり、いわゆる「ヘベレケ」の状態になってしまうのですが、それはそこに確かな心理的安全性が担保されているからだと、私自身は信じて疑いません。……もっとも、そう思っているのは私だけで、実はとんだ勘違いをしてはいないか、ふと怖くなる瞬間もございます。粗相はしていないだろうか、皆様も同じように楽しんでくれているのだろうか。そんな自問自答を端に追いやりながら、その場のグルーヴ感に身を任せて盛り上がる。それが私の毎度の景色となっております。

今回は総勢十名という大人数での賑やかな集まりとなりました。一泊二日の道中、車窓からはあちこちで満開の桜を眺めることができました。いわば「ドライブスルー花見」とでも言いましょうか。一年のうち、この時期だけに淡い薄紅色の花を咲かせるソメイヨシノは、やはり日本人にとって特別な存在だと改めて感じ入った次第です。

面白いことに、少し郊外へ足を延ばすと、どれほど見事な桜が満開であっても、その下には人がまばらだったりします。人口の少なさを差し引いても贅沢な話で、大きな一本の木の下で、ゆったりとその美しさを堪能することができました。あまりの充足感に「もう思い残すことはない」などと漏らしてしまいましたが、もちろん当面の間、世を去る予定はございませんのでご安心ください。不穏な社会情勢ではありますが、こうして季節を愛でる余裕は持ち合わせていたいものです。

ただ、一つだけ心残りがありまして。それは「桜を愛でながらの一杯」を逃してしまったことです。夕食時、雨予報があったためにロッジの中での食事を選んだのですが、結局雨は降らずじまいでした。あの時、自ら「少し外へ散歩に出ませんか」と率先して提案できていれば、また違った風情を楽しめたのかもしれません。

義実家での振る舞いというものは、実になかなか難しいものです。私自身が決めたルールによって、どうしても一歩引いて黒子に徹しようとしてしまいます。その場の「渦」を感じ、ただ楽しむだけでも十分なのですが、そこからさらに一歩踏み込むには、それ相応のコストがかかってしまう。合う機会がそう多くないからこそ、その一歩が出せないのは私の性格ゆえでしょうか。

特に、アレルギーなどのデリケートな問題を伝える際のトーンは、何度経験しても難しいと感じます。「ニコニコしながら食べない」という態度が正解ではないことは分かっているのですが、スマートにリマインドをかける塩梅が、どうにも上手くいかないのです。

とはいえ、迎え入れてくれる温かな「ウェルカム」と「フレンドリー」の渦の中で、自分なりに楽しく過ごせたのであれば、それで良しとすべきなのでしょう。
いつも通りヘベレケになり、客観的には危なっかしい姿を見せているかもしれませんが、それも含めて面白がっていただけているのであれば、これに勝る幸いはありません。

今回の思考実験は「出る杭」

多様性を「認めあう」のではなく、多様性による「摩擦」を恐れた結果、全員が自発的に「無難な姿勢・行動」に収束した世界では分断は一切無い。全員が同じ方向を向き、同じ言葉を使い、同じタイミングで頷く

以上です。

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