2. 蜘蛛の糸 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 1月 20, 2023 まだまだ慣れない2回目配信です。編集をしてみてなんとなく感触をつかみつつ探り探りの日々。その方法をさらっと紹介してます。今回の思考実験は「蜘蛛の糸」1. 天国から垂らされた蜘蛛の糸で地獄から脱出できる2. 垂らされる日時は自分だけしかしらない3. 10人まで荷重に耐えられる4. 天国に着いた者は予告して1年後1人1本さらに蜘蛛の糸を垂らせる 以上です。 コメント欄からぜひあなたの考えをお聞かせくださいね。 もしくはGoogleフォームからどうぞ https://forms.gle/uvMACfUXMsaXNiDe9 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ コメント
174. ほどけた包み 5月 08, 2026 入学式という場は、まさに「公」の極みと言えるでしょう。どこまでもフォーマルで、ピンと張り詰めた、実に硬質な空気が漂っています。しかし、その儀式特有の形式が生み出す「渦」。それを肌で感じながら、在校生たちが新入生を歓迎しようと息を合わせ、気を込める様子には、どこか心に響くものがありました。もちろん、中には「だるいな」と義務感だけで動いている生徒もいるのかもしれません。彼らの本音までは分かりかねますが、出迎える側の先生方の熱い思い、特に音楽の先生が歌の練習を先導する姿からは、並々ならぬ気迫が伝わってきました。 会場にはまず保護者が入り、続いて在校生、そして来賓の方々と順に席が埋まっていきます。国歌や校歌の練習が繰り返されるにつれ、場内の緊張感は徐々に高まっていく。私自身といえば、一年に一度袖を通すかどうかのスーツに身を包み、まるで服に着られているような居心地の悪さを抱えていました。整然と並んだパイプ椅子に、行儀よく固定されているような、あの独特の感覚です。 乳児や未就学のお子さんを連れたご家族は、状況に合わせて臨機応変に過ごされていましたし、隣に座る妻も、PTA役員仲間と親しげに言葉を交わしていました。一方の私はといえば、基本に忠実に、背筋を伸ばして静かにスタンバイしておりました。周囲を見渡せば、誰もがフォーマルな装い。日常とはかけ離れたこの異質な雰囲気には、やはりいつまで経っても慣れることができません。 ただ、今回は少しばかり視点を変えてみました。いわゆる「渦中鳥瞰」の目線を持ち込むことで、この場を「渦」のウォッチングとして楽しんでみたのです。自分自身を少し高い場所へと「ホッピング」させ、客観的な棚上げ状態に置いてみると、これが案外面白いものですね。どのようにして「渦」が形成され、誰が上手くその流れを回しているのか。まるでリアリティショーを眺めるような感覚で語ってはおりますが、自分自身もその渦中の参加者であるという自覚は、常に、それこそ恐る恐る抱き続けてはいるのです。 場にどっぷりと浸かりきるのではなく、少しだけ自分を跳ねさせて、俯瞰する。そんな「ホッピング」の妙については、ぜひ第百六十六回の放送を併せてお聴きいただければ幸いです。 今回の思考実験は「ほどけた包み」 身近な誰かのマイナスの感情を目の当たりにし、当事者の気持ちが自分に乗り移ったとき。当事者に代... 続きを読む
176. 応報の主体 5月 22, 2026 いよいよゴールデンウィーク直前となり、仕事のほうも佳境に入ってきました。いやはや、大変な時期ではありますが、いま忙しくないことのほうが逆に恐ろしいものですし、ここは甘んじて引き受けるしかありません。……なんて言いつつ、じつはもう気持ちはゴールデンウィークに入っています。繁忙期とはいえ、以前よりはずいぶんと自分なりにうまくコントロールできるようになった気がします。長年やっていれば、それくらいできるようになっていてほしいものです。もっとも、この文章が配信される頃には、とっくにゴールデンウィークも明けて5月22日になっていますけど。 それはそうと、繁忙期というのは少なからず「私(シ)」という領域を侵食してくるものだと痛感しています。時間は誰にとっても一日二十四時間しかありません。あちらを立てればこちらが立たないといった具合で、なかなかままならないものです。以前、公私融合というハックを考えたこともありましたが、どうやらそんな都合の良いものは存在しないのかもしれません。餃子の焼き加減にたとえるなら、美味しければそれで良いという気もしますが、あまり悩みすぎるのも考えものです。自然体でいることが大切ですし、餃子を美味しくするために適切な環境に晒すように、自分自身も適切な温度や時間といった良い環境に身を置くことが重要なのでしょう。第174回「ほどけた包み」で語ったことのおさらいのようになってしまいましたが、誰にとって美味しいのかという根本的な問いを抱えつつ、最近は話の内容が少しゴチャついていたように思います。 生活面でも、新年度の進学や自転車の買い替えなど、外部環境の変化があって自分でも処理しきれていない感覚が否めません。ここらで一度、脳内を整理したいと考えています。自転車といえば、乗り出しにあたって鍵の取り付けやブレーキパッドのあたり調整など、なにかとやることがありました。納車時に店員さんに教えてもらったのですが、前輪を外した際にブレーキレバーをうっかり握ってしまうと、パッドがくっついて離れなくなるという恐ろしい仕様があるようです。そんな不親切な、とも思いましたが、仕組み上は仕方がないのでしょう。納車時に店員さんが実演してくれた際、ホイールとパッドの間隔があっさりズレてしまい、回転させるとスンスンと異音が鳴るのを見て不安になりました。クイックリリースの締め方を調整しても... 続きを読む
159. おなかもあたまも八分目 1月 23, 2026 さて、実は今回、異例の二本録りとなります。このポッドキャストが始まって以来、もしかすると初めてのことかもしれません。単に私の記憶から抜け落ちているだけかもしれませんが、これまでにない新鮮な心持ちです。前回が少々短めだったこともあり、今回はその埋め合わせというわけではありませんが、軽やかな足取りで綴ってみようかと思います。 いえ、本当は「短尺」というものを試してみたい気持ちもあったのですが、やはり考えてみれば、これは私にとっての大切な「くりだし」の場。ならば、もっとどっぷりと腰を据えた「長尺」であっても良いはずですよね。というのも、近頃はどうにも「とりいれ」が過多で、少々困っているのです。 脳内が取り入れた情報でパンパンになってしまうと、せっかくの知識も経験も、すべてが中途半端に流れてしまうような気がしてなりません。最近では、複数の情報が頭の中で混ざり合い、あちらのドラマのキャラクターがこちらの本の内容を語り出すような、奇妙な感覚に陥ることさえあります。「あれ、これはどちらの話だったかしら」と、戸惑う場面も増えてしまいました。 先日目にしたあの作品も、結末がどうにもふわふわとしていて現実味がなく、最近の流行りなのか、それとも私の理解が追いついていないのか。何が混ざっているのか自分でもよく分からなくなっており、もしかすると、単に私の処理能力が衰えてきただけなのかもしれないと、苦笑いするしかありません。 やはり、リアルタイムで追いかける物語は一本に絞るべきなのでしょう。昨年にドラマ視聴を再開したばかりで、まだ「ドラマ鑑賞のための筋力」が十分に備わっていないのかもしれません。テレビから少し距離を置いている間に、新しいクールが始まっているのかどうかさえ、今の私には判然としません。まさに「年寄りの冷や水」のような状態ですが、決してそれだけではないと信じたいものです。 年末の忘年会からお正月にかけて、胃袋も脳みそもすっかり満たされ、今はまさに「絶賛増量中」といったところでしょうか。まるでキャンペーン期間かと思うほど、自堕落に、そしてとめどなく自分を甘やかしてしまいました。身体のほうはダイエットで絞るとして、脳内のデトックスには、やはりこうして外へ出す「くりだし」が一番なのでしょう。 「とりいれ」を完全に断つのではなく、ほんの少しだけ「くりだし」の比重を増やしてみる。結局... 続きを読む
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