96.普遍たる所以
涼しくなり、過ごしやすい季節になりました。先日我が家の子供たちが家庭科の授業で使うボビンを買う際に、家族みんなで大騒ぎになったので、その顛末をお話しします。
ボビンとは、ミシンの下糸を巻く小さな円筒形の部品のことです。それがなんと、規格が3種類もあると知って驚きました。
日用品の規格について改めて考えさせられたこの出来事。USB-Cやライトニングケーブルなど、私たちの生活は様々な規格に囲まれています。昔はVHSとベータのビデオテープの規格の違いによるビデオ戦争なんてのもありましたね。
ボビンの規格が統一されていないのはなぜなのでしょうか?調べてみると、家庭用縫製ミシンのボビンの統一規格は1999年に廃止されていたとのことです。一体なぜ…?もしかしたら、外資系メーカーが市場を開拓するために、なんらかの圧力を、、、それは知る由もありません。
規格が異なることで、消費者は余計な出費を強いられる可能性があります。例えば、間違ったサイズのボビンを使ってミシンを壊してしまったら、修理代がかかってしまいます。メーカーにとっては、消費者が余計なものを買ってくれるので、むしろ都合が良いのかもしれません。
今回のボビン事件を通して、私たちは日用品の規格について改めて考える良い機会となりました。それにしてもなぜ規格が増えたんでしょうね。
今回の思考実験は「普遍たる所以」
1. 鬼退治まつりの存続が危ぶまれている
2. もう100年間ほとんどやり方を変えていない
3. 社会は変容し若者は新しいやり方を取り入れたい
4. 長老たちは伝統を守りたい
以上です。
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