★公式ページをつくりました リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 1月 13, 2023 Podcast「シュレディンガーのおじさん」を見つけていただいてありがとうございます。シュレおじと申します。こちらが公式ページになります。放送内容と連動して記事を投稿します。出来るだけ頑張ります。 番組内の内容はあくまでもシュレおじ個人の意見でございます。なにとぞご了承ください。 暖かく見守ってください。コメントいただけますと喜びます。ありがとうございます。 番組の感想はこちらからhttps://forms.gle/iwNqxrcnxNM2YmRw9 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ コメント
174. ほどけた包み 5月 08, 2026 入学式という場は、まさに「公」の極みと言えるでしょう。どこまでもフォーマルで、ピンと張り詰めた、実に硬質な空気が漂っています。しかし、その儀式特有の形式が生み出す「渦」。それを肌で感じながら、在校生たちが新入生を歓迎しようと息を合わせ、気を込める様子には、どこか心に響くものがありました。もちろん、中には「だるいな」と義務感だけで動いている生徒もいるのかもしれません。彼らの本音までは分かりかねますが、出迎える側の先生方の熱い思い、特に音楽の先生が歌の練習を先導する姿からは、並々ならぬ気迫が伝わってきました。 会場にはまず保護者が入り、続いて在校生、そして来賓の方々と順に席が埋まっていきます。国歌や校歌の練習が繰り返されるにつれ、場内の緊張感は徐々に高まっていく。私自身といえば、一年に一度袖を通すかどうかのスーツに身を包み、まるで服に着られているような居心地の悪さを抱えていました。整然と並んだパイプ椅子に、行儀よく固定されているような、あの独特の感覚です。 乳児や未就学のお子さんを連れたご家族は、状況に合わせて臨機応変に過ごされていましたし、隣に座る妻も、PTA役員仲間と親しげに言葉を交わしていました。一方の私はといえば、基本に忠実に、背筋を伸ばして静かにスタンバイしておりました。周囲を見渡せば、誰もがフォーマルな装い。日常とはかけ離れたこの異質な雰囲気には、やはりいつまで経っても慣れることができません。 ただ、今回は少しばかり視点を変えてみました。いわゆる「渦中鳥瞰」の目線を持ち込むことで、この場を「渦」のウォッチングとして楽しんでみたのです。自分自身を少し高い場所へと「ホッピング」させ、客観的な棚上げ状態に置いてみると、これが案外面白いものですね。どのようにして「渦」が形成され、誰が上手くその流れを回しているのか。まるでリアリティショーを眺めるような感覚で語ってはおりますが、自分自身もその渦中の参加者であるという自覚は、常に、それこそ恐る恐る抱き続けてはいるのです。 場にどっぷりと浸かりきるのではなく、少しだけ自分を跳ねさせて、俯瞰する。そんな「ホッピング」の妙については、ぜひ第百六十六回の放送を併せてお聴きいただければ幸いです。 今回の思考実験は「ほどけた包み」 身近な誰かのマイナスの感情を目の当たりにし、当事者の気持ちが自分に乗り移ったとき。当事者に代... 続きを読む
133. 納得の濃淡 7月 25, 2025 最近、短期間での方針を決める上で、やはり耳から入ってくる情報が大きく影響していると感じています。もちろん、これが本当にそうなのか、あるいは脳内ですでに計画されていることが言葉として出てきているだけなのか、逆の可能性も考えられます。もしかしたら、頭の中にある抽象的な要素を一度言葉にしてみることで、それが具体的な形になりやすくなるのかもしれませんね。このあたりは、どちらが正しいのかは正直わかりませんし、どちらの可能性もありそうです。まあ、どちらでも良いのですが。 そういえば、先日読み終えた本の話はしましたでしょうか? 村田沙耶香さんの「コンビニ人間」を読みました。以前コンビニでアルバイトをしていた経験があるので、とても読みやすく、あっという間に読破してしまいました。自分の経験と重ね合わせながら、解像度がぐっと上がったように感じられて、とても面白かったです。 一方で、筒井康隆さんの「敵」も読み終えました。こちらは少し手こずりましたが、とても興味深い体験でした。描写から、まるで憑依されているかのような感覚になり、思考と現実の境界が曖昧になるような、不思議な読書体験でした。ずいぶん前の作品ですが、今読んでも色褪せない面白さがありますね。 続けて、村田沙耶香さんの「信仰」を読み始めました。読書は自分のペースで読むスピードを調整できるのが良いですよね。当たり前のことなのですが、改めてその良さを実感しています。たとえ途中でキリが悪くても、時間が来たらパタンと本を閉じてしまってOK。その時の気分で自由にできるのが、読書の魅力だと感じています。それは受動的ではなく、よく噛みしめるように読めるのが読書なのでしょうね。漫画もそうかもしれませんが、そちらの方は少し情報量が多い気がします。見させられている感が強いというか。 そうそう、読書を中断する時の「キリが良いところまで」という、自分の中に根強くある目に見えないルールについて、最近興味深く感じています。これ、一体どこから来たルールなのでしょうか? 「この章、あと少しだ」となると、没入感が薄れてしまっても最後まで読んでしまうのですが、それならそこでしおりを挟んで、次読む時はしおりのページの見開きの頭から読み始めるくらいが自然な気がするんですよね。自分でもよく分からない、形骸化したルールに縛られていることがあるのかもしれないなあ、なん... 続きを読む
176. 応報の主体 5月 22, 2026 いよいよゴールデンウィーク直前となり、仕事のほうも佳境に入ってきました。いやはや、大変な時期ではありますが、いま忙しくないことのほうが逆に恐ろしいものですし、ここは甘んじて引き受けるしかありません。……なんて言いつつ、じつはもう気持ちはゴールデンウィークに入っています。繁忙期とはいえ、以前よりはずいぶんと自分なりにうまくコントロールできるようになった気がします。長年やっていれば、それくらいできるようになっていてほしいものです。もっとも、この文章が配信される頃には、とっくにゴールデンウィークも明けて5月22日になっていますけど。 それはそうと、繁忙期というのは少なからず「私(シ)」という領域を侵食してくるものだと痛感しています。時間は誰にとっても一日二十四時間しかありません。あちらを立てればこちらが立たないといった具合で、なかなかままならないものです。以前、公私融合というハックを考えたこともありましたが、どうやらそんな都合の良いものは存在しないのかもしれません。餃子の焼き加減にたとえるなら、美味しければそれで良いという気もしますが、あまり悩みすぎるのも考えものです。自然体でいることが大切ですし、餃子を美味しくするために適切な環境に晒すように、自分自身も適切な温度や時間といった良い環境に身を置くことが重要なのでしょう。第174回「ほどけた包み」で語ったことのおさらいのようになってしまいましたが、誰にとって美味しいのかという根本的な問いを抱えつつ、最近は話の内容が少しゴチャついていたように思います。 生活面でも、新年度の進学や自転車の買い替えなど、外部環境の変化があって自分でも処理しきれていない感覚が否めません。ここらで一度、脳内を整理したいと考えています。自転車といえば、乗り出しにあたって鍵の取り付けやブレーキパッドのあたり調整など、なにかとやることがありました。納車時に店員さんに教えてもらったのですが、前輪を外した際にブレーキレバーをうっかり握ってしまうと、パッドがくっついて離れなくなるという恐ろしい仕様があるようです。そんな不親切な、とも思いましたが、仕組み上は仕方がないのでしょう。納車時に店員さんが実演してくれた際、ホイールとパッドの間隔があっさりズレてしまい、回転させるとスンスンと異音が鳴るのを見て不安になりました。クイックリリースの締め方を調整しても... 続きを読む
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